非営利再考ー理念と財務のハザマ

保険医療費の抑制は永遠のテーマ化していますね。
その中で、

  ★サービスの担い手である医療機関の経営に関する議論はどうなっているのでしょうか?
  ★抑制的な診療報酬の中で医療機関の収益性はどう考えるべきなのでしょうか?
  ★そしてそもそも医療における非営利性とは何なのでしょうか?

我が国における医療が非営利となった経緯は、新田秀樹「医療の非営利性の要請の根拠」(1998)が詳しいです。少し長くなるが引用しますと、

 

「1936年に農林省が公表した「医療利用組合の情勢と特色」の中でも「我国医療制度の中心をなすものはもちろん開業医制度であるが、-中略ー国民の経済力と医療の企業化による医療報酬の調和を如何にするかは、今時の重要焦眉の問題となっているのである。開業医制度も固より資本主義経済組織の一形態である以上、医療経営の営利化は、医師をして経営上採算可能なる都市に集中することを必然的に招来したのであ。斯くのごとき医師の都市偏在も都市に居住する勤労中小産者並に無産者にとってはその実極めて薄く」(p26)

「このように、医療の非営利性の要請が明確に意識されたと考えられる1933年の医師法改正及び診療所取締規則制定に際しては、医療の営利化や医療機関の都市集中、低所得者の受療困難化等をもたらすことがの問題視されていたことが、当時の議会における審議等から窺える。」(p28)

 

つまり、営利医療の問題は開業医=自由開業制とのリンクが強いものであった訳ですが、微妙に医療機関の問題としての文脈で、3つの問題意識で非営利性が語られるように変化した訳ですね。

うちふたつは、医療機関の都市集中という医療資源の偏在と低所得者の受療困難化という受療対策であり、非営利性によってこれらの問題の解消されるとの考えを合理的とみるのは困難です。
現にメディア報道に散見されるように、医療資源の偏在は続いているし(厚生労働省の社会保障審議会では医療偏在解消を今後の重点課題としている)、仕組みとしては皆保険があっても無保険者は存在しています。(救済制度はありますが)

つまり、導入の出発点であった医療資源の偏在と、低所得者の受療対策の問題が解決していないとすれば、医療の非営利性の概念はどうあるべきなのかとの疑問が沸き上がります。

では医療の非営利性に関する規定はどうなっているのかを確認してみましょう。医療法では二カ所で規定されています。
■医療法第7条第6項 営利を目的として、病院、診療所又は助産所を開設しようとする者に対しては、第四項の規定にかかわらず、第一項の許可(病院の開設)を与えないことができる。
■医療法第54条 医療法人は剰余金の配当をしてはならない。
なお、医療法施行令、医療法施行規則には類似の記述はありません。
ちなみに、2006年の第5次医療法改正で廃止されるまでは次の具体的な資産要件ありました。
■医療法施行規則第三十条の三十四
病院又は介護老人保健施設を開設する医療法人は、その資産の総額の100分の20(法第42条第2項に規定する特別医療法人にあっては、100分の30)に想定する額以上の自己資本を有しなければならない。

ここからわかることは、

●非営利性は医療機関全体が対象であること 【入口規制】
●剰余金の扱いは、医療法人に限定されること 【出口規制】
です。

このように、法規で明示的に非営利性を規定されているのは医療法人のみです。なお、出口規制は非営利機関に適用される条件である点に留意が必要です。
次に医療法人はどのくらい医療の担い手として存在しているのかを確認してみましょう。
医療施設動態調査(2017年1月分概数)によると、一般病院数8,439の主な内訳は、
-医療法人立:5,757(68.2%)
-国立、自治体立:1,161(13.8%)
-会社立:42(0.5%)
-医療保険者立:53(0.6%)
-個人立:235(2.8%)
-その他法人立:730(8.6%)
と、法規上で明確に非営利性を位置づけれられている医療法人は全体の70%弱にすぎません。
確かに、個人立、会社立を除く公的設立者を加えると約97%がカバーできることになりますので、公的主体=非営利を暗黙の了解とするのであれば、ほぼ医療機関を包括できるとの論理建てであることが伺えます。
この非営利+剰余金の配当禁止という入り口+出口規制については、角瀬保雄「わが国の医療制度と医療法人制度の改革」(2006)が医療法人制度のあり方を含めて言及しています。

非営利に関して、ドラッカーは「新しい現実」の中で次のように述べています。

「ある病院が、・・・非営利のチェーンの病院であるか、あるいは・・・営利の病院チェーンの病院であるかは、税務署にとって意味があるだけである。病院経営の方法、姿勢、活動、価値観に違いはない。」(p286)
「非営利、非企業、非政府なる定義は、否定的定義であって、非ざるものは明らかにしていても、実際にそれが何であるかについては何も言っていない。」(p287)

まさにこのドラッカーの指摘通り、医療の非営利性とは何かについては、厚生労働省内の検討会・研究会でもわたしが確認した範囲では語られていません。つまり、非営利組織としての医療機関が何かの説明・定義はないのです。
例えば、
医療経営人材育成テキストver1.0に 8 組織管理で述べられているのは、
「非営利組織がサービスや社会貢献を一義としつつも、損益を考え、成長のための利益を計上することは、何ら問題になることではない。・・・特に民間病院の場合は、経営は自己責任である。しかも、資金調達の道は金融機関や独立行政法人福祉医療機構からの融資にほとんど限られる。そのため、未来にまで継続的に事業を行うためには、再投資のための利益は必要なものである。」(p71)

【第3章医療機関経営における組織管理の実際 2.医療機関特有の組織文化 1)非営利組織の文化】
であり、利益(剰余金)を否定しないものの、非営利性・非営利組織と利益の関係についての説明はありません。
また、新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会の中間的なビジョンの整理(2016年12月)では、「医療現場では、過重労働や超過勤務が恒常化し、医療の質や安全性も脅かされることが懸念されている。」と問題意識は示していますが、その視点は医療機関という組織視点というよりは医療制度視点といえます。この組織レベルで医療サービスを再定義しないと、非営利組織としての医療機関で働くことの動機づけは、従来の職業倫理や使命感にとどまってしまい、過重労働・過剰勤務の悪循環から抜け出せないのではないでしょうか。

「人は報われ方に応じて行動する。それは、報酬、昇進、メダル、ほめ言葉のいづれであっても変わらない。」(p47)と、ドラッカーの「エッセンシャル版マネジメント」にある通り、報酬を含めた、つまり剰余金の再投資の考え方を含めた再考が必要ではないでしょうか。。
また歯科医療、美容整形医療分野の保険診療に縛られない分野と、保険診療分野という、非営利性に関する一貫性の欠如は、医療サービスの利用者である患者にとっても混乱の原因となっていることが考えられます。

■■■医療サービスの非営利性をどう考えるか?■■■

とりわけ病院(医療法人)経営の自由度とそのサービス提供インセンティブを、「医療は非営利であるべき」で思考を止めずに議論し、国民的な(再)合意を得る時期であると考えます。


最後に、医療法人制度は病院経営における事業運営資金の大規模集積の手段として導入されました。
この論理はその有効性を失ってはいないものの、金融技術の進歩により決済・支払を含めた、資金調達に
とどまらないお金の流れとして考えるパラダイムに前提が変わり始めていることにも留意する必要があるでしょう。