ヘルスケアとプロダクトサービスシステム

社会人大学院で勉強した(人々の日常の健康に対する行動変容のサービス面からの分析が主でした)時に!!となったキーワードがプロダクトサービスシステム、略称PSS。

この時(2010年)はいわゆる機器のリース、アフターサービスがPSSの事例として紹介されたのですが、右手の製品、左手のサービスをAh! と合体したイメージをしたわたしが受けた衝撃は大きかったのです。

・オンラインでデータを共有できる歩数計、心拍測定可能な時計、体重計・体脂肪計を用いた健康支援サービスがなぜ普及しないのか?

・なぜ利用者の行動変容を喚起する力が弱いのか?利用者が増えない、継続しないのはなぜか?

という、問題意識解決のカギになるのではないかと漠然とながら思ったのです。

 

まずはPSSをTukkerの3カテゴリに沿って簡単に整理してみましょう。

2009年のりそな中小企業振興財団さんの講演録を基にしました。

【製品指向:product oriented】  寿命補償、修理、アップグレード、利用助言など

【利用指向:use oriented】 製品リース・レンタル、時間差共同利用、同時利用など

【成果指向:result oriented】 利用時/単位課金、アウトソーシング、成果・機能単位契約(暖房、給湯等)など

 

うーん、ここからヘルスケア分野でイメージできるのは、、、

●ユーティリティ(電気・ガス・水道:HVAC)→【成果指向】

●大型・高額の医療検査機器→【利用指向・成果指向】

●医療情報システムとそのアプリケーションで使うソフトウェア→【製品指向】

●共同購買→【利用指向】

といったところでしょうか。つまり、B2Bの領域ですね。

B2Cの領域-体重計、血圧計、歩数計、心拍計などのアクティビティトラッカー、スマートフォンアプリ-の分類にはしっくり来ません。それと、医療提供者と患者間のモニタリング、フォローアップ部分ともあわないと感じます。

例えば「アクティビティトラッカー等の身体情報計測機器で収集したデータに基づくアドバイス」は、利用助言ということでは一見製品指向にみえますが、助言の対象は製品、つまりアクティビティトラッカーの使い方が対象ではありません。また成果指向とみる場合でも、アクティビティトラッカー自体は記録メディアですので利用者が自身の健康行為をアウトソーシングしているものではありません。

このように「デジタル情報を利用したレコメンデーション・ガイダンス提供という、フィードバック、フィードフォワードの情報ループ」が特徴といえるデジタルプロダクトは、Tukkerの3カテゴリでは分類困難な新たな領域を生み出したと言えます。敢えて言うならデジタルプロダクトのPSSは製品指向、利用指向、成果指向の3カテゴリを併せ持っている。ちなみにTukkerの分類は2004年時点のものです。

 

それでは、ヘルスケア分野におけるデジタルプロダクトベースのPSS化について、スポーツ分野と医療(医薬品)分野を例に現状を確認してみます。

■スポーツ分野のPSS化

スポーツ用品は主にランニング/ウォーキング発のPSS化と、アクティビティトラッカー発のPSS化に大別できます。

前者にはアディダス、ナイキアシックスアンダーアーマー、後者にはセイコーエプソンポラールスントタニタ(ヘルスプラネット)オムロンヘルスケアドコモヘルスケアなどがあります。前者はウェア・シューズとアクティビティトラッカーの組合せ、後者はアクティビティトラッカーのみが基本的な構成といえます。これらの事業者の多くはオンラインの独自の!ユーザーコミュニティを構築し、プロダクトとユーザー間に加えユーザー間の情報ループを生み出しています。  

しかし、原則として自社製品ユーザーへの支援という形から出発しているため、基本的に無料、フリーミアムとして提供する閉じたネットワーク、閉じたエコシステムになっています。つまりプロダクトの販売は売上を生みますがサービスは売上を生まない「フリーミアムの壁」を持つ構造です。一部を有料サービスとして提供していますが、すべてをオンラインで完結するというサービス提供スタイルは果たして利用者からみて魅力的でしょうか。利用者に優れたサービス経験を提供することが疎かになっていると感じます。

この売上に直接的にも間接的にも貢献が小さい「フリーミアムの壁」はサービスの持続性に影響します。例えばアディダスは長年提供してきたランナーコミュニティmicoachを終了し2015年に買収したruntastic に統合移行します。KDDI・au smart sportsのJognoteへのサービス移行(2017.3.29)も同じ流れで起きていると考えられます。

これらのランニングウェア・シューズとパフォーマンスログとの組み合わせに対して、The world's largest fitness communityを標ぼうしているアンダーアーマーは、ランニング時の計測データに基づく情報ループに限定しないフィットネス施設検索を含む、より広域のエコシステムを構築しているといえます。

スポーツ分野のPSS化はこのフリーミアムの壁とあわせてもうひとつ、固有の問題があると考えます。それは、デジタルプロダクト(アクティビティトラッカー等の身体情報計測機器)が創出する利用者価値が弱いということです。どういうことかというと、先に記したようにアクティビティトラッカー等のデジタル製品で収集したデータに基づくアドバイスでは、製品の使い方のアドバイスが、利用者の求める健康価値を高める効果は不明ということです。健康価値を高めるの要因は大雑把には食事の内容と身体活動の内容であり、アクティビティトラッカーは両者のアウトプットを測定しているだけと言えるからです。つまり、スポーツ分野のPSSを、一般消費財などと同じ製品に閉じたエコシステムで構築することは不適切と考えられます。自社製品に閉じないエコシステムということでは、withings (残念ながら日本語へのローカライズはトップページのみ) やタニタ(ヘルスプラネット)のアプローチがありますが、計測機器が自社以外を含み複数ということであって、アウトプットデータを測定する領域を出るものではないと言えます。

■医療(医薬品)分野のPSS化

この製品に閉じないスポーツ分野と異なり、医療分野のPSS化では医薬品のもたらす利用者価値を最適化する服薬遵守・服薬支援の形式で製品に閉じたエコシステムとなります。スマートフォンで患者向けの無料アプリも提供されていますがそれはほとんどが記録までであり、フィードフォワード・フィードバックの情報ループを利用しているものとしてはぜんそく患者用吸入器センサ付き錠剤などをあげることができます。医薬品をPSS化することで医薬品使用の適正化と最適な治療効果を両立できれば、保険者、提供者、利用者(患者と家族)における三方良しが実現できることになります。また製品に閉じた形となるため、利用者経験も優れたデザインとなることが期待できます。

費用対効果が強く意識される保険医療の分野では、すべてではないにしろ(例えば多剤服薬は対象外)、PSS化により創出される価値は大きいと考えられます。ただし医療提供の仕組みがPSS化に適応していることがその前提条件になります。これはアナログ情報をデジタル情報化するという比較的単純なデジタルヘルスへの移行とは異なり、かなりハードルが高いと考えられます。 少なくともモニタリングプロセスと医療費の償還・支払の仕組みはPSS化により大きな影響を受けると考えられます。

 

このようにヘルスケア分野におけるPSS化はスポーツ分野、医療分野の双方で課題はあるものの、製品のデジタル化、IoT化の進展の中で今後大きな流れになっていくと考えられます。