非経済インセンティブのパラダイムへ

健康を公共性との関係を重視する場合、個人の健康リテラシーの向上などを通じた「内発的動機」主体の行動変容と同じくらい、健康につながる環境をつくり提供することも重要ではないかと考えるようになった。

その最大の理由は内発的動機を刺激するということでは、ずっと経済インセンティブとの組み合わせ手法が採用されてきているけれど、標準的な手法=十分に効果的な手法とはなりえていないことである。例えば、厚生労働科学研究成果データベースにおいて「インセンティブ」+「行動変容」を検索すると、いずれかの検索語を含む研究プロジェクトは10件。これらが言及しているインセンティブはポイント制度などの経済インセンティブが中心で、そのいずれにおいても医療経済面に関する定量的な分析、つまり1人あたり医療費を含む社会コストの抑制の推計値は示されていない。また医療費抑制の可能性を示唆するものも、経済インセンティブ提供の仕組みを動かすコストを示していないため、単なる費用移転の息を出ていないと考えられる。(今後示される可能性はある)

なお、経済財政諮問会議は政府の政策の方向性を示した骨太の方針において、2015年度は「個人については、健康づくりの取組等に応じたヘルスケアポイント付与や保険料への支援になる仕組等の個人に対するインセンティブの付与」を、また健康増進・予防サービスプラットフォーム中間報告(2015年)においても、健康ポイントとして経済インセンティブに触れているが、効果に関する数値面での言及はしていない。

このような日本とは対照的に、イギリス政府はヘルスケア分野に限定していないが、行動科学の政策適用を目的とした The behavioral insights team (BIT)を2014年に設置している。同様の取り組みはアメリカのHHS、NIHで確認することはできなかったが、利用者の直観的な理解を後押しするインフォグラフィックを通じた情報提供をみることができる。その一例として Healthy People 2020 サイトでの利用がある。同様の取り組みは同じ情報提供サイトの 健康日本21 にはない。(情報提供の想定主対象が一般市民と保健医療提供者(保険者を含む)の違いはあるにしても)

確かに健康経営データヘルス計画には間接的に個人へのインセンティブ付与の視点が包含されていると考えられなくもないが、これらは圧倒的に健診結果、レセプトといったアウトプットされた数値データに依拠する仕組みであり、行動科学的な手法についてはまったく言及していない。自然科学・工学的な手法は数値による可視化ということは医療サービスの提供者と利用者の双方にわかりやすさを提供することに異論はない。しかし長年にわたるそのやり方では人々の行動変容は困難ということが分かってきていることを踏まえ、ビッグデータ分析という分析力の深耕とは異なるプランBに移行する時期に来ているのではないかと思う。